[神奈川県生協連] 本当の幸せ ~私たちが大切にしなければならないこと~

2019年06月26日

神奈川県消費者団体連絡会
事務局長 小林 正明

先の日本が起した戦争で、唯一、日本国内で一般住民が地獄そのものの地上戦を体験したのが沖縄でした。一般住民を巻き込み、20万あまりの尊い命とくらし、財産や、沖縄の文化財、自然がことごとく奪われ・破壊されました。その沖縄戦における20万人を越す戦死者のうち、約半数に近い、9万4000人余りの戦死者は、兵隊以外の一般県民や子供です。

沖縄県平和祈念公園に設置された、世界の恒久平和を願い、国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎(いしじ)」には、2019年6月13日現在、日本、米国、英国、台湾、北朝鮮、韓国の241,566名が刻銘されています。

使用された銃弾・砲弾の数は、連合国軍側だけで2,716,691発。このほか、砲弾60,018発と手榴弾392,304発、ロケット弾20,359発、機関銃弾3,000万発弱が発射されたといいます。地形が変わるほどの激しい艦砲射撃が行われたため、「鉄の暴風」などと表現されています。不発弾は70余年を経た今でも発見され、陸上自衛隊などによる処理が続いています。

この沖縄戦で、沖縄防衛第三十二軍司令官牛島満中将と参謀長の長勇中将が糸満の摩文仁で自決した日が1945年6月23日の未明とされており、この日を、日本軍の組織的戦闘が終結した節目として、沖縄慰霊の日が制定されました。

この6月23日は沖縄戦の戦没者の霊を慰めて平和を祈る日として、本土復帰前は休日と定め、各行政機関や学校、企業に定着していましたが、1972年の本土復帰後は日本の法律が適用となったため慰霊の日を休日とする法的根拠はなくなってしまいました。

しかし1991年、地方自治法が改正され、慰霊の日を休日と定める県条例が公布された事によって正式に慰霊の日は改めて休日となりました。この間、法的な根拠の無い時期でも、毎年6月23日は沖縄県の公休日とされていました。

戦争体験者が少なくなり、特にSNS上では、排他的で「勇ましい」言動がもてはやされる状況もあります。私たちは戦争とは何なのか、戦争の事実とは何なのか、平和とは何なのか、広大な米軍基地の重圧を強いられ続けている沖縄県民から学び、日本を見つめ考えたいと思います。

戦没者追悼式で朗読される「平和の詩」を、私は声を出して読み、その思いを受け止めようとしています。

今年は、糸満市立兼城小6年・山内玲奈さんの「本当の幸せ」でした。

子どもたちの希望ある未来を戦争で閉ざしてはなりません。

本当の幸せ

糸満市立兼城小学校6年
山内 玲奈

青くきれいな海
この海は
どんな景色を見たのだろうか
爆弾が何発も打ちこまれ
ほのおで包まれた町
そんな沖縄を見たのではないだろうか

緑あふれる大地
この大地はどんな声を聞いたのだろうか
けたたましい爆音泣き叫ぶ幼子
兵士の声や銃声が入り乱れた戦場
そんな沖縄を聞いたのだろうか

青く澄みわたる空
この空は
どんなことを思ったのだろうか
緑が消え町が消え希望の光を失った島
体が震え心も震えた
いくつもの尊い命が奪われたことを知り
そんな沖縄に涙したのだろうか

平成時代
私はこの世に生まれた
青くきれいな海
緑あふれる大地
青く澄みわたる空しか知らない私
海や大地や空が七十四年前
何を見て
何を聞き
何を思ったのか
知らない世代が増えている
体験したことはなくとも
戦争の悲さんさを
決して繰り返してはいけないことを
伝え継いでいくことは
今に生きる私たちの使命だ
二度と悲しい涙を流さないために
この島がこの国がこの世界が
幸せであるように

お金持ちになることや
有名になることが
幸せではない
家族と友達と笑い合える毎日こそが
本当の幸せだ
未来に夢を持つことこそが
最高の幸せだ

「命(ぬち)どぅ宝」
生きているから笑い合える
生きているから未来がある

令和時代
明日への希望を願う新しい時代が始まった
この幸せをいつまでも